2025.08.21

森の中で、人が育つ場所

現場主義で学ぶ、兵庫県立森林大学校

日本列島の約7割を占める森林は、山の風景を形づくるだけではなく、清らかな水を生みだし、大地を守る「自然環境の川上」としての役割を担っている。その水はやがて田畑を潤し、地中や河川を伝って海に注ぎ、沿岸の漁場へとつながっていく。森・川・海の循環の中で、人は暮らしを築いてきた。

そう考えると、林業は単に木を育てて伐るだけの営みではない。森の手入れを通じて水を育み、土砂を防ぎ、生態系を守る、社会のインフラの一端を担う仕事なのだ。農業や漁業と同様に、次の世代へ環境と地域の豊かさを手渡す、大切な基盤のひとつだ。

そんな多様な森林の機能について、知識と実践の両面から学べるのが、兵庫県宍粟市(しそうし)にある兵庫県立森林大学校だ。

学校の周囲には森林が広がり、自然と人の暮らしが地続きにある環境で、学生たちは日々、森林・林業に必要な知識と技術を身につけている。

この学校の大きな特徴は、森林・林業についての総合的なカリキュラムが組まれていること。そして、何よりも机上の学びにとどまらず、実際の山で体を動かして学ぶ「現場に近い学び」が日常にあること。林業機械実習では、チェーンソーの扱いに始まり、伐倒、造材、高性能林業機械を使用した造材や集材、搬出に至るまで、実践的な授業を通して現場で必要な力を養う。

「考える力」を育む授業

古川和繁さん(森林技術員)

森林大学校で学生の技術指導を行う古川和繁さんは、かつて県内の森林組合で40年近く現場を経験してきたベテランだ。現在は主に林業機械実習を担当し、「考えること」に重点を置いた指導を行っている。

「林業は単純そうに見える作業でも、常に危険と隣り合わせです。なぜ危険なのかを自分の頭で考える癖がつけば、現場で必ず活きる。知識を一方的に教えるだけでは身につかない部分もあります」

授業の合間になると、古川さんのまわりにはいつの間にか学生たちが集まってくる。親しげに声をかけたり、談笑したり。その関係は、教える側と教わる側を超えて、自然な信頼で結ばれている。

「最近は本当にみんな素直で、ええ子ばっかりなんです。真剣に授業を受けてくれるし、この歳になっても若い子たちと関わらせてもらえることは、ほんまに幸せなことやと思ってます。放課後に雑談したり、卒業生が何かあったら報告しに来てくれたり、何気なく悩みを打ち明けてくれたり…そういう時間が、実は一番嬉しかったりするんです」

これまでに多くの学生と向き合ってきた古川さんは、「それぞれの個性に寄り添い、得意不得意を見極めながら、その子なりの成長を引き出すことを大切にしている」と話してくれた。

教えるのは技術だけではない。「人としてどう現場に立つか」。その姿勢こそが、古川さんが伝えたいと願う学びだ。

学び直しから見据える未来

大村素子さん(学生)

41歳の大村素子さんは、森林大学校で学ぶ現役学生。年齢も経歴も、若い同級生たちとは少し異なる。

生まれは埼玉。転勤族の家庭に育ち、高校時代に和歌山の山あいの町で過ごした経験が、今も記憶の根っこに残っている。大学卒業後は社交ダンスの選手としても活躍し、その後、大阪から兵庫県佐用町へと夫や子どもたちと移住。自然のそばでの暮らしを求めたこの地で、地域の人々とのあたたかい交流にふれた体験が、「緑を守り、地域に貢献したい」という想いへ変わり、森林大学校への入学にも繋がった。

「森林大学校では木の切り方だけじゃなく、どういう山を育てていくかを考えさせられます。高齢化が進む地域で、林業をどう継いでいくか。そして、自分に何ができるのか。授業を通して、自身の暮らしや生き方にも向き合っています」

入学当初は、年齢の差に戸惑いもあったという大村さん。けれど、その不安はすぐに消えた。

「みんな、いい意味で年齢を気にせず接してくれて。ちょっとぶっきらぼうなんですけど、根は本当に優しいんです。遠慮なくいじってくれたり、普通に話しかけてくれるのがすごく嬉しいですね」

年齢の壁を越え、今ではムードメーカーとしてクラスに馴染み、充実した学生生活を送っている。

自身の経験も踏まえて、どんな人に森林大学校を薦めたいか尋ねてみた。

「自分探しをしている人にこそ薦めたいです。過去の大学生の中には、社会人経験を経て学び直しで来ている人も多くいます。2年間という限られた時間ですが、学ぶ内容の密度は濃く、本当に幅広く勉強ができます」

考え、感じ、学ぶ林業

森林大学校には、年齢も背景も異なる学生たちが集まる。教える側もまた、現場経験を持つ教員が揃い、知識や技術だけでなく、山と向き合う姿勢や考え方まで伝えようとしている。

「技術を教えるだけでは、人は育たない。山とどう向き合うかを、自分で考えられる人になってほしい」

そう語る古川さんの言葉の通り、林業は教えられるだけの仕事ではなく、感じ取って身につける営みなのだ。

そして、大村さんのような学生がその言葉と向き合いながら、自らの生き方を見つめている。

森の木々が地下の根でつながり、互いに栄養や情報をやり取りしながら共に育まれるように、学生たちもまた支え合い、学び合いながら、自分の「根」を深く張っていく。

現場に根差した学びの中で、それぞれの「幹」をしなやかに伸ばす森林大学校には、そんな時間が流れている。

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